いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

感想をブログで書いてもらって喜ぶ前に、まず自分が感想を書いてみる。

はてなブログには、はてなブログ グループという機能がある。

グループに参加しているブログの新着情報がチェックできるほか、参加ブログの一覧が確認でき、ブログを通して交流を深めることができます。(はてなブログ開発ブログ

 なるほどー。これは面白そうだ!ってことで、さっそく参加してみることにした。

とりあえず、ボクが参加してみたのは「ライフスタイル」「ライフハック」「感想をブログで書いてもらえると喜ぶグループ」の3つだ。

 

3つめのグループはなんとも言えず直球なグループ名で面白い、という理由だけで参加してしまった。で、グループを作成した人がなんとなく気になって覗いてみると、面白いエントリーがあったので、さっそく感想をブログに書いて喜んでもらうことにする(笑)

 

自由に書けないのは一貫性の呪縛のせい?

ブログに求めることは、何ですか。 - 犬だって言いたいことがあるのだ。

あくまで自分のエントリに対して感想を「書いてもらえると喜ぶ」のであって、「感想が書きたい」人が集まっているのではない。なので、常に需要が過多になってしまう傾向がある。(犬だって言いたいことがあるのだ。)

 確かに参加する人はみんな「書いてもらえると喜ぶ」人たちだから、需要過多になるのはアタリマエだなぁ。自分がしてもらって嬉しいことを人に施そう!的な美徳感を持った人がどれだけいるんだろう?っていう気はする。

 

たしかに、他人のエントリの内容を要約して紹介したり、それについて相手の機嫌を損ねないように感想を書くのはけっこう難しい。別に「感想」なので、自由に書けばいいと思うが。(犬だって言いたいことがあるのだ。)

 そしてむずかしいのがコレだと思う。誰だって「どんな感想だろうと無条件で喜ぶ」わけじゃないんだろうし。無反応のほうがまだマシという嬉しくない感想だってあるような気がする。

 

そんなうがった見方をしながら、読み進めたわけだけれど、なんか自分ってちっぽけな人間だなぁと思わされたのが次の一文。

 

僕らが生きる社会は、とにもかくにも個人の主張や発言に一貫性を求められることが多い。だからこそブログでは、多少の支離滅裂も、主張の変更もあってもいいと思うし、色々とキャラクターを使い分けたり、誰かれかまわず交流しあったり、対立しあったりしても、それはそれで面白いんじゃないだろうか。(犬だって言いたいことがあるのだ。)

ボクは「僕らが生きる社会」と「ブログ」をここまで切り分けることはできなくて、ブログでも同じように自分に対して一貫性を課してしまう性分らしい、と今気づいた。むしろ文章として残してるから、その傾向は強くなってるかも(苦笑)

 

こういうふうに考えられたなら、そして、そのうえでブログを書いていけたなら、ホントに面白くなりそうな気がする。が、この感想は喜んでもらえる感想になっているだろうか?と頭をよぎるのは、きっと一貫性の呪縛なんだろうなー。