いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

長友の涙に我が身を振り返る。

中日スポーツ:長友 止まらない涙 ロシア大会での雪辱誓う:サッカー(CHUNICHI Web)

 

 

虚無感に襲われ、感情を制御できなかった。コロンビア戦から一夜明け、長友は人目もはばからずに泣いた。テレビのインタビューを終えると、取材エリアで両手を膝につき、むせび泣いた。大きく肩が揺れ、おえつが漏れた。大粒の涙、涙、涙…。拭っても拭っても、止まらない。協会スタッフに抱きかかえられても涙は止まらなかった。(CHUNICHI Web)

サッカーはあんまり興味ないな、と思っていたけど、はじまってしまうとやっぱり気になるワールドカップ。あまりにあっけなく終わってしまって残念だったけれど、ボクはサッカーの評論なんてもちろんできないので、全然違う視点で思ったことをつらつらと書いてみる。

 

長友の会見を見て一番感じたことは、今の自分には涙を流すほど真剣に打ち込んでいるものがないな、ということだった。プロサッカー選手という役割をそのまま自分にあてはめると、ボクはプロの事務員ということになる。

 

事務員には勝ち負けなんてないし、事務員の世界大会なんてない。じゃあ、目の前の仕事をただこなしていればいいのかというと、それはやっぱり違う。世界大会なんかなくても、数年先を見据えてスキルアップしたり、会社への貢献度を高めていこうという思いを持ち続けることは、プロとしてアタリマエに持っているべき心がけだ。

どうにもやる気が出ない自分とちゃんと向き合ってみる。 - いずれも。

 

 

気分で仕事してちゃいけない。気分がどうであれ、求められる成果を出していかなければ!と自分にアタリマエの正論を突きつけて焦れば焦るほど、どうにもやる気が減衰していく。

自分はこんなことを平然と言ってるけれど、サッカー日本代表メンバーが「成果を求められると焦っちゃってやる気減衰しちゃうーみたいな?」とか発言したら大炎上必至だろう。アタリマエだけどw

 

そりゃあ、いろんな条件とか立場とか全然違うから、そのままあてはめようとすること自体に無理がある。でも、ただ祭りにのっかって浮かれて終了、じゃなくて人が真剣に立ち向かい、挫折して次へ向かおうとする姿に学びたい。何かを学ばなければもったいないじゃないか。

 

じゃあ、涙を流すほど真剣に打ち込めるものをどうやって見つける?サッカーはやりたくてやってるんだろうけど、ボクはやりたくてやってるんじゃなく、生活のためにやってるだけだ、とかネガティブな思いも交錯する。

 

そんなに人は簡単に変われない。でも、何かを感じて、悩んで、試して自分を揺さぶっていくのをやめたら、生きる意味を喪失してしまうもんな。「だって」とか「どうせ」とか少なめにやっていこう。