いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

じぶんを正しく評価するなんてできない。

人はじぶんを過大評価したり、過小評価したりする。

7/14のほぼ日手帳の日々の言葉にちょっと考えさせられた。

最近はながらく過小評価傾向にあるけれど、なんだかやる気に満ちてるときは、気が大きくなってなんでもできるような気になって過大評価してしまうときも確かにある。だから、これらの言葉は矛盾してるんだけど、言い得てる気がするな。

 

でも、そもそも自分を適切に評価するなんてできないな。いや、自分のことじゃなくても、人を適切に評価するなんて難しいことこのうえない。そりゃ勉強や仕事を決められた評価基準で評価することは可能だと思うけど、漠然とその人そのものを評価するなんて、できるわけないなぁ。そう言いながらも、大多数の人の感情や感覚で「この人はこうだ」と勝手に評価されていってしまうのだけれど。

過小評価思考をなんとかしたいと調べてみた。

この思考で悩んでいる方へ 拡大解釈と過小評価思考の対処法 | nanapi [ナナピ]

 

自分を適切に評価するなんてのは、ムリだろうとは思いつつも、明らかに過小評価に偏った状態を放置するのはマズいので、ちょっと調べてみた。

著者の場合、小学校、中学校といじめにあいました。約10年近く、様々な人から自分を否定する言葉を言われ、無視をされ続けられました。この長期間にわたる経験が、強い自分の過小評価と、良い所なんてない人間なのだという思考回路を作り上げてしまいました。(nanapi ナナピ)
これを読むと、あぁこの人は解る人だなという気がした。少なくとも上から目線で正論を振りかざすタイプの人ではなさそうだ。それにしても、10年近くも否定され続け無視され続けたら、ボクだったら正常な精神を保つのはムリだろうな。生きていられるかどうかすら怪しい。 

過小評価思考を緩和するために効果がありそうなこと。

1.弱った心に寄り添ってくれるような曲を聴く

落ち込んだ心を奮い立たせようとして、よく『元気が出る名言集』などをネットで検索していませんか?その言葉の中には確かに、ためになる言葉もありますが、そのほとんどは哲学的で、弱った心がついていけないほどの前向きすぎる言葉です。(nanapi ナナピ)
これはすげえわかる。B'zが別格にスキなボクだけど、過小評価傾向のときはB'zを聴いて元気を出そうとするのはキツイ。あまりにコトバが強すぎて、ツラくなってくる。今はぐいぐい引っ張っていってくれる感じじゃなく、そっと寄り添う感じがほしいんだよー!というか。いやー、わかるわー。

2.自分がやったことを地道に記録する。

自分で書いたマークでカレンダーが埋まって行くと、こんなにたくさんいろいろな事をやったんだ、できたんだ、と段々と「私も捨てたもんじゃない。」と思えるようにまでなり、今日に至ります。nanapi ナナピ)

これもわかる。この効用を実感して、ほぼ日手帳を続けてたんだもんな。と、つい過去形で書いてるけれど、あれだけしっかり書き込んでいたほぼ日手帳もまっしろなページがずっと続いてしまっている。長らく文字を書くことがしんどくて書けなくて、たまに書いてもネガティブなことばっかり書くからイヤになっているというのが実際のところ。まぁ、ブログの停滞と理由はいっしょかな。
 
余裕がないからとやめてしまっていることが、いかに自分にとって大事なのか思い出した。睡眠時間が不足してるから、とにかく寝たい!とか思ってしまうけれど、5分でも10分でも自分にとって大事なことに毎日時間を割いていこう。