いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

気がついたら死んでいた。人生ってそんなもんかもしれない。

おじさんが死んだ。

 
しかし、何の感情も動かないし、思い返す思い出も何もない。
これほど寂しく悲しいことはないな。
 
よくビジネス書なんかで自分が死んだとき、どう語られたいかということを考えて、そこから自分の価値観と向き合って、ミッションを導き出していきましょう、なんてことが語られている。じゃあ、何も語られなかったとしたら、その人の人生は無意味になってしまうんだろうか?
 
やはり、人と人とのささやかな心のやりとりを大切にして生きていかなかったら、こんな人生の結末を迎えてしまうんだなぁ。ボクが今死んだら、誰か泣いてくれる人はいるかな。たぶん、あの人とあの人は泣いてくれるだろうなんて、勘違いでも思えることがシアワセだと思う。
 
でも、これはボクの価値観にすぎない。おじさんは孤独でも人生を楽しめたのかもしれない。勝手に人の人生を哀れんだりするのは余計なお世話だし、傲慢すぎる行為だな。自分はあんなふうになりたくないとか、反射的に思ってしまうのがイヤすぎる。
 
それにしても、どう生きて、どう死ぬかってむずかしい。
今は日々に追われてて、そんな哲学に浸ってる場合じゃないし。
 
そんな感じで日々を見送っていって、気がついたら、いつのまにか死んでいた。
人生ってそんなもんかもしれない。