いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

あー、たのしかった!だけで終わることに感じた違和感と向き合ってみた。

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あー、たのしかった!だけで終わるのはなんか違う。何がひっかかるのか、うまく言語化できないまま、まぁいっか!とスルーしようと思ったものの、やっぱりモヤモヤしたのでちゃんと考えてみることにした。


明け方の知らない街を歩いた - インターネットの備忘録

無力さを感じて打ちひしがれるときもあるけれど、それに対抗するには、こういう小さな「できた」の積み重ねを増やしていくしかないんだな。願わくばあの場がみなさんの新しい人生の起点になれば嬉しいです。(インターネットの備忘録)

このエントリーを読んだとき、自分の中の何かがゆさぶられた。正直なところ「人生の起点」ってのは大げさだなぁと思いながらも、なんかちょっと忘れてないか?という心の声を聞きながら、こんなことを書いた。

koh0605 - 『明け方の知らない街を歩いた - インターネットの備忘…』 へのコメント

ただ見送るのも、掴んで何かを感じ取ろうとするのも、すべては自分次第。ささやかなきっかけを活かせる自分でいたいなぁ。

2014/11/04 00:12 にブックマーク

 「何か」ってなんだよ。まぁ、この時点ではなんとなく書いていて自分でもよくわかってなかったんだからしょうがない。が、ちょっと考えてみると、スルーしそうになってたことを思い出した。

 

ある人が言った。

新しい文学を作り出す、今まさにその真っ只中にボクらはいるんじゃないか?と。

 

ある人が言った。

いつかこんなふうにブロガーが集う場を設けたかった!そして今実現した!と。

 

明朗に語る人、ちょっと遠慮がちに語る人、そのスタイルは様々だったけれど、自分がやりたいこと、譲れないことを語っている姿がボクにはまぶしかった。今のボクには語るような夢とか、主張したいことが希薄だったから。

 

シアワセに浸りきると貪欲さを失ってしまうんだなぁ。現状に満足してしまうから、なにごとにおいても、もっと!もっと!と追い求める力が損なわれてしまうみたい。まぁ、特にがんばらなくても、心地よさが得られるなら、そりゃそうか。

 

やっぱりボクは毎日1段ずつでも階段を昇り続けていたい性分だということを思い出した。たとえ今見てる景色がすばらしいものだったとしても、今日と明日ではわずか1ミリでも違う景色を見ていたい。

 

で、羨んでるんじゃなく、いっしょに語りたいじゃないすか。正しいとか間違ってるとかじゃなく、自分が信じることを、ただひたすらに。

 

ていうか、それをするのがブログやん。

今さら何を言ってるんだか。

 

大阪ブロガー万博、あー、楽しかった!だけでは終わらせないぜ。