いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

昨日の自分に勝つことをあきらめない。

リーダーシップを意識しなくなった。

最近は明らかにリーダーシップをあまり意識しなくなった自分がいる。その理由は単純で、自分が意識しなくてもいいような優れたリーダーが現れたからだ。今は自分が牽引しようとするのではなく、新たなリーダーをどう支えていくか?にボクの思考はシフトしている。

 

組織的には存在していても、実質的にはリーダー不在という状態で何年も仕事をしていたから、自分が関わっている仕事を俯瞰したり、進捗を気にして声をかけてくる人の存在があまりにも新鮮で、ちょっとした感動すら覚えるような日々をすごしている。ちゃんと報告に耳を傾け、相談すれば応じてくれる人がいれば、仕事はこんなにスムーズに前に進むのか、と。

違和感の正体が分かった。

しかし、同時に違和感を感じている自分に気づいた。しばらくの間、その違和感はモヤモヤとしてて、なんなのか分からずにいたけれど、やっと分かった。それは自分が優れたリーダーになることを諦めちゃっていいの?という心の叫びみたいなものだった。

 

ボクは向上心に燃えるストイックな人間ではないから、油断するとすぐにラクなほうへ逃げていってしまう。「思考をシフト」なんてカッコつけて冒頭に書いたけれど、ただあっさりと人に主役を譲って、いや自分はもう脇役でいいんです、とすごすご引き下がっている姿は、まったく誇れるようなモノじゃない。

 

素直に感銘を受けるのはいい。よりよい仕事をしていこうとするリーダーを支えていくことも全力でやればいい。でも、それだけで終わってていいのか?

向上心を持ち続けよう。

彼の専門的知識やリーダーとしての立ちふるまい、自分が最も苦手としている他者との交渉術など学ぶべきところは数かぎりなくあるじゃないか。1,500円ぐらいのお金を使ってわざわざビジネス書を買わなくても、すぐ使えることが毎日学べるなんて贅沢すぎるだろう。

 

ちょっと気の早い話かもしれないけど、いつか自分が子を持つ親の立場になったとして、そのとき、自分が向上心を持ち続けてなかったら、えらそうに子供を諭したりできないもんな。いや、やろうと思えばできるけど、それってやっぱり後ろめたいし、カッコわるい。

 

自分をあきらめるのは、まだ早い。

いや、昨日の自分に勝つことは一生あきらめちゃいけない。

昨日よりひとつ何かを学んだなら、勝利宣言しちゃえばいいのだ。

 

 

余談だけど、昨日の自分に勝つ、という表現は誰が言い出したモノなんだろう?と気になって調べてみたら、宮本武蔵が出てきた。

ゆるゆると思ひ、此法をおこなふ事、武士の役なりと心得て、今日は昨日の我に勝、あすは下手に勝、後は上手に勝と思ひ、此書物のごとくにして、少もわきの道へ心のゆかざる様に思ふべし。(五輪書 / 宮本武蔵)

宮本武蔵はまず昨日の自分に勝って、いずれ自分より上手(うわて)の人に勝っていくために気長に一心不乱にやるべし、というようなことを書いている。全然背景は違うし、質も違うし、意図するところが完全に一致することはないとしても、300年以上も前に生きた武蔵と似たようなことを考えていると思うと、人間っておもしろいなぁ。

バガボンド(1)(モーニングKC)

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