いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

ボクには友達がいない。

そういえば友達がいないと改めて認識した。

ボクには友達がいない。

 

うわ。なんだこれ、超寂しい。こんなことは文字にして改めて認識すべきじゃないな。唐突にそんなことを言い出したのにはワケがある。今読んでる「聲の形」というマンガで主人公が友達とはなんだ?と思い悩むシーンがあるのだ。そこで、よく考えたら、いやよく考えなくても、ボクには友達がいないじゃないかと改めて認識した。

聲の形(2)

聲の形(2)

 

 f:id:koh0605:20141129224727p:plain

聲の形 2巻 第8話 友達って

 友達の定義ってなんだ?

そもそも、友達ってなんなんだ?とちょっと調べてみた。

友情(ゆうじょう)は、共感や信頼の情を抱き合って互いを肯定し合う人間関係、もしくはそういった感情のこと。友達同士の間に生まれる情愛のこと。しかし、それはすべての友達にあるものではなく、自己犠牲ができるほどの友達関係の中に存在する。(友情 − Wikipedia)

共感、信頼、肯定、自己犠牲か。そんな感情を抱いて付き合える人間関係なんて、そう容易く作れる気がしない。これはたぶん、友達というか親友のことを指してるんだろうな。この定義はやや大げさすぎる気がする。

 

じゃあ、何をどうしたら友達と言えるんだろう?聲の形で主人公が思いをめぐらせたきっかけに基いて考えてみる。

2人きりで話したら友達?

まぁ、会社の中で2人きりで話す機会があったとしても、さすがに友達じゃないよな。じゃあ、仕事とは全然関係なく「ちょっと呑みにいこう」と言って2人で呑みに行く場合はどうだろう。

 

ちょうどボクは昨日の夜、同僚と呑みに行ったけれど、2人で前に呑みに行ったのは1年以上前のような気がする。話すことはほとんどが仕事関係だし、お互いにプライベートのことは、ほとんど知らない。これを友達とするのはなんか違和感あるな。

互いの連絡先を交換したら友達?

うーん。このまえの大阪ブロガー万博でズイショ (id:zuiji_zuisho)さんと名刺交換したけれど、あれだけで友達って言い出したら、なんかキモい人だ。やっぱりこれも違和感あるなー。連絡先を交換したらじゃなくて、そのうえで連絡を何回か交わしたら友達と呼べる関係になっていくかもしれない。

一緒に写真を撮ったら友達?

呑みに行ったりすると、やたら一緒に写真を撮りたがる人がたまにいる。あぁいう人はそれだけで友達になれると思っているんだろうか?いやいや、違うな。たぶん、誰とその場所にいたかというライフログでしかないだろう。やっぱりこれもなんか違う気がするな。

 ボクと友達になってくれ!

いやー、こんなことはマジメに考えたことなかったけど、たしかに他人と友達の境界線ってどこにあるんだろう?っていうテーマはちょっとおもしろい。恋人だったら、ちゃんと「告白」とかっていうプロセスがあるけど、友達に対して「ボクと友達になってくれ!」なんて言わないもんな。そんなこと言われたら「お、おう」とか微妙な反応を返してしましそう。

 

振り返ってみると、会社と家の往復だけの生活を6〜7年続けてた時期があって、そのころに多くの人と疎遠になって、関係を回復する努力もしてこなかったから「友達がいない」という状況になってしまったんだろうなぁ。

 

今はいい。会社での人間関係があるし、結婚して奥さんと向き合う時間がたくさんあって寂しさを感じることはないから。でも、これって定年後に寂しくて切なくて心細い老後を過ごす人の典型的なパターンに陥ってないか?このままではマズい。

 

さて、どうやって友達をつくろうか?