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いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

一緒にいて楽しいと思えるなら、友達でいいじゃないか。

友達がいない宣言に自己否定感をみる。

ボクには友達がいない、なんて断言するエントリーを書いたけど、その後すぐにいろいろと考えたので、珍しく続編的なモノを書いてみることにする。

ボクには友達がいない。 - いずれも。

よく考えたら、いやよく考えなくても、ボクには友達がいないじゃないかと改めて認識した。

いや、よく考えてないだろ。ホントによく考えてない。なんで1日経過したぐらいでそんなことを言い出すのかというと、それはボクが書いたエントリーに対してTwitterでこんなリプライを頂いたからだ。

しまった!と思った。ボクは自分のことを友達だと思ってくれている人がいる可能性を考えてなかった。そんな人に対して「ボクには友達がいない」言い換えれば「ボクはアナタのことを友達とは思っていません」という言葉を突きつけるのは、あまりにも人のキモチを踏みにじる行為だ。

 

あのエントリーでは掘り下げてないけど、やはりどこかに「自分のことを友達だと思ってくれている人はいない」という自己否定感があるんだろう。あんまり明確には意識できてないけど、そんなものを抱えているから、あんな反応が返ってくることを想像できなかったんだろう。罪深いなぁ・・・。

自分が相手を信じることから友達関係ははじまる。

加えてもうひとつ、友達について改めるきっかけとなったできごとがある。あのエントリーにべるん (id:bern-kaste)さんが今までに見たことがないような長文のコメントを下さって、その内容に唸らされてしまった。

つまり友達関係というのは信頼――互いが互いを友達だと信じる気持ち――によって成り立っていえるのかなと思います。そして「友達というものが互いを信じることで成り立つ関係」でかつ、「互いが互いを友達だと信じている証明・確かなものが無い」以上どうすればいいのか?

私の暫定解は、友達になりたい人がいたら、相手が自分のことをどう思うが関係なく、自分が思う友達像に基いて「友達」として接することかなと。

こうして言語化されてしまうと、アタリマエじゃないかと思ってしまうような内容かもしれないけど、ボクには書けなかった。それを人のブログのコメント欄でさらりと書けてしまう、べるんさんはタダモノじゃないな。

 

これを実践されてるのが、さきほど紹介したリプライじゃないか!と思った。ボクがどう思っているかに関係なく「友人だと勝手に思っている」というのは、そういうことだよなぁ。具体例が身近にありすぎて、すっと腑に落ちてしまった。

 

なんだか難しく考えすぎてしまっていたけれど、もう少しシンプルに考えていいんじゃないか?一緒にいて、対話して、笑って、共感する瞬間があって、楽しいと感じたなら、きっと「じゃあ、また!」って社交辞令じゃなく言いたくなる。その瞬間「友達かな」って勝手に思っていればいい。

 

自分が友達になりたいと感じ、相手を信じることから友達関係ははじまる。そういう意味では、思想を公開してるブロガー同士は人となりがわかりやすくて、友達になりやすいのかもしれない。こういうこと書いてると、今度オフ会に参加したら「勝手に友達って思い込むのやめてくれよな、キモいから」とか言われそう。なんの自虐プレイだ、これは。

 

ともあれ、これからはボクは友達が少ない、ということにしよう。

僕は友達が少ない 1 (MFコミックス アライブシリーズ)

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 これは読んだことないけど、どんな内容なんだろう?