いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

闘争心なくてもシアワセになってやる!

闘争心の欠如について考えてみることにした。

最近あまり人のエントリーに言及とかしなくなってるなぁ。たまには言及したいなぁ、と思いながらブラブラしていたら、このエントリーが気になったのでちょっと書いてみる。

闘争心が無さすぎる。 - 日なたと木陰

私の悩みというか、悩んではいないんですけど、昔から闘争心が無さすぎるんです。(日なたと木陰)

これにはボクも激しく同意してしまう。ボクは闘争心などというモノは母親の胎内に置き忘れて生まれてきてしまったんじゃないだろうかと思っている。半分冗談で半分本気。なので、心の持ちようは、ほぼこかげ (id:hinatakokage)さんと似たような感じだ。

ただ、ボクの場合、ずいぶん前には「闘争心の欠如」に真剣に思い悩んでた時期があった。もう大げさじゃなく、明日への希望を見失ったり、上司に辞表を提出したりするぐらいに。

どうしても闘争心に火がつかなかった。

その当時の上司は根性論を好む人だった。それで自分自身がそういう生き方をしてきたんだと思うけれど「なにくそ!」と悔しさをバネに奮起して前進していくことをボクに求めてきた。

「こんなことは小学生でもわかる」とか「そんな仕事で給料持って帰るのか?」というようなことを言い、最後には決まって「こんなことを言われて悔しいと思わないのか?もっと奮起してやれよ。できなかったら腹切るぐらいの覚悟でやれよ」とボクの闘争心を煽るようなことを言うのが常だった。

しかし「いくらなんでもこの時代にハラキリはないな」とか思ってる時点で、ボクと上司はかみ合ってなかった。そもそも、自ら仕事がうまくいかずにヘコんでるところに叱咤されて奮起できるほど、ボクは精神的にタフじゃなかったのだ。

闘争心に火がつくどころか、どんどん自信を喪失していって、会社に行くことが次第に苦痛になり、大げさじゃなく生きる希望も失っていった。そんな覇気のない状態でイイ仕事ができるはずもなく、当然、上司の逆鱗に触れることとなる。終わりなき負のスパイラルだ。

きっと「なにくそ!」とがむしゃらにもがくことができたなら、もっと上司とうまく仕事を進められたんだろうと思う。しかし、どうしても、ボクの闘争心に火はつかなかった。

ささやかな闘争心をみつけた。

そんな感じで以前は闘争心が欠如しているボクに生きる価値はない、とまで思いつめたこともあったけれど、今は違う。前進するためのエネルギーは、闘争心のみから生まれるわけじゃない。

もちろん、闘争心があるかないかなんて関係なく、仕事は期限までに求められる成果を上げる必要があるし、きちんと成果につながる代替案を示せないかぎり、上司の方針に従わなきゃいけない。でも、人生における自分の価値観を否定することはないだろう。

穏やかに人を認め、譲り合い、協調していくことでも静かに前進していくことはできるはずだ。きっとバリバリの闘争心をむき出しにして疾走する人と比べれば、その歩みはあきれるぐらいノロノロなのかもしれないけれど。

闘争心なくても、ぜったいシアワセだったと笑って人生終えてやる!・・・って書いてみて思ったけど、これこそが闘争心じゃないか?なんだ、どっかに置いてきたと思ってた闘争心、こんなところにあったのか。

はじめの一歩 - PS3

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今週のお題「今だから言えること」