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いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

人の気持ちなんて解らないけど、解ろうとする思いはたぶん伝わる。

人生観

共感ってなんだ?

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何気なく「共感する」ってよく口にしてるけど、どういうことなのかちゃんと説明しろと言われるとちょっと考えこんでしまう。ということで、ちょっと調べてみた。

共感 - Wikipedia

たとえば知り合いがつらい表情をしているとき、相手が「つらい思いをしているのだ」ということがわかるだけでなく、自分もつらい感情を持つのがこれである。通常は、人間に本能的に備わっているものである。(Wikipedia)

これを素直に受け止めると、相手がどうツラいのか、どううれしいのかはあまり関係なくて、なんとなく、こう思ってるだろうなというのがわかって、相手と感情のベクトルがだいたい合っていれば共感できてるということになる。

こういうふうに書いてしまうとあまりに味気ないけど、同じ人間じゃないんだから、完全に気持ちが 解るなんてことがあるはずないし、これぐらい割り切っていたほうがうまくいくのかも。

役割をたまには交代したい。

結局他人は他人だし「共感」を求めるのは難しいんじゃないって話 - インターネットの備忘録

理想はお互いがお互いのよき理解者になって、役割をバトンタッチしつつ、今日はわたしが聞く側、今度はあなたが聞く側、ってなれるのがいいと思うんですけど、まずは自分がね、しっかり自分の両足で立って、相手を支えられるくらい踏ん張った上でどうしてもつらかったら相手に心を打ち明けましょう、でもそこで過度に期待しちゃだめだよ、っていう感じでね、いったらいいんじゃないですかね。(インターネットの備忘録)

こういうふうに交代制でいけたらいいけど、どうしても役割は固定化されてしまいがち。ボクはだいたい聞く側で、別にそれに不満はない。でも、かなり稀にどうしてもつらくて相手に心を打ち明けたくなるときもある。でも、それをするのは心理的ハードルがとても高い。

昔、当時つきあっていた人に悩みごとを打ち明けたときに「そんなこと言われたって解らないし、私には聞く余裕もない」とはっきり拒絶されたことがあって、それがあまりにもショックが大きかったから、それからボクは聞く側に徹するようになった。

その呪縛のようなモノはいまだ心のどっかにあって、ボクは今も話す側に回るのが苦手だ。そんな自分に対して、自然とたまに聞く側に回ってくれるからこそ、今の奥さんと結婚したわけですよ。なんだよ、のろけかよ。前置き長すぎるだろ。

解ろうとする思いはたぶん伝わる。

ちゃんとは解ってもらえなかったとしても、解ろうとしてくれるだけで十分嬉しいから、求めすぎずに思い合っていければいいんじゃないでしょーか。って、なんか言い換えただけで、はせ おやさい (id:hase0831)さんと言ってることがあまり変わらないな。

これこそが共感ってヤツなんじゃないか?

考えてみれば、ボクの場合、共感したりされたりするのが楽しくてブログ書いているようなもんだしなぁ。たぶん、過剰に共感されることだけを求めるようになると、承認欲求とやらにとらわれてしまうんだろうな。ううむ。気をつけよう。