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いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

自分の価値が何なのか?なんて、きっと誰にもわからない。

f:id:koh0605:20150421010758j:plain 著者:Joel A. Funk Jr.

kimix.hatenablog.com

自分の価値って、いったい何なのでしょうか。自信とは、いったいどうしたら持つことができるのでしょうか。(murmur)

ボクも似たような心境に陥ったことがあって、数年にわたって苦しんだ記憶がある。と、過去形で書けるということは、今苦しんでる人に対して何か有用な言葉かけができるのかと思われそうだけど、残念ながらそれはできない。

まず、人の苦しみなんて容易に理解できるはずがない。ブログに綴られたうわべだけを見て「似たような」と表現したけれど、何も知らないくせに安易にそんなことを言うのは、ホントはよろしくない。そして、自分の場合、どうやってその苦しみを逃れて今に至ったのかも、正直よくわからない。

でも、ボクはこのエントリーを「感想をブログで書いてもらえると喜びます 」グループでたまたま見つけたのだ。だから、わざわざブログに苦しみを吐露して、このグループで公開しているということは、何らかの言葉を欲しているのかもしれない、という思い込みだけで今、この記事を書いている。

自分の価値なんてものは自分で決められないから、きっと一生かかっても「何なのか?」という答えは出ない。でも、激しく自信を喪失したりすると、自分は無価値なんじゃないかと思い込んでしまう。そして、出るはずのない答えを必死に探そうとしてしまうし、そんな重い悩みが横たわっていたって、社会の一員としてやらなきゃいけないことは押し寄せてくる。でも、そんな状況では集中力が発揮できず、ものごとはうまくいかない。そして、さらに自信を喪失する・・・という無限ループにはまる。

こういうときは、たぶん、考えれば考えるほどいい方向にいかないので、ちょっと考えないでいられる時間に身を置いて、心を休憩させてあげたほうがいいんだろうなぁ。

自分の場合は自然にふれるとか、考えずに見られる映画、或いは思いっきり泣ける映画に浸るとかしてたような気がする。で、徐々に心の疲れが癒えてきたら、自信があろうとなかろうと、ささやかな楽しみにすがって生きていけたりするだろうし、誰かのために何かができる自分も少しずつ取り戻せるんじゃないだろうかってのは、ちょっと楽観的すぎるかな。

まぁ、そんな簡単じゃないから、悩むんだもんなぁ。