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いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

誰も傷つけず、不快にさせることなく、ブログを書くことなんかできない。

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著作者: Daddy-David

いつもあまり何も考えずにブログを書いてるけど、やっぱりブログを書くのってそれなりに覚悟のいる行為だよなぁと改めて思い直している。いろんな立場のいろんな価値観をもった不特定多数の人たちが読む可能性があるわけで、たぶん誰のことも傷つけない、誰も不快にさせない文章なんてのは書けない。いや、まぁ、あった事実だけを淡々と綴る小学生の日記みたいなモノを書いて満足しているなら、問題ないのかもしれないけど、やっぱり何らかの主張はしたくなるもんね。

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たとえばボクが最近書いたこの文章。もちろん、誰かを傷つけたり、不快にさせようなんて思いながら書いてない。そもそも、自分の文章にそんなに影響力があるとは思ってないから、あまり深く考えることもなく、はてなブログのお題にのっかって自分が思うことをつらつら書いた内容をさらりと公開している。

そんな感じだから、結婚を望みながらもなかなか叶わない人やいろいろ努力したものの、どうしても別れなきゃいけなかった人たちがこれを見たらどう感じるのか?なんてはっきりいって考えてない。もし、ありがたくもこのブログを読者登録してくれている方の中にそういう人がいたとしたら?そして、その人が更にTwitterのフォロワーだったなら?

ボクは公開したらTwitterで通知しているから、まずはタイムラインで目にすることになるだろう。そして購読中のブログとしてまた目につくこととなり、今回の場合は、はてなさんで言及してもらってうれしがってはてブしたから、またしつこくTwitterで目にすることになったかもしれない。こうして、ボクはブログを公開するたびに誰かを傷つけ、不快にしているかもしれないのだ。しかも、まったく気づくことなく。

そういうふうに考えだすとブログを更新するのがこわくなる。ときとして、悪意をもってわかりやすく人を傷つけるよりも、まったく意図せず気づくことなく人を傷つけることのほうが相手の心をえぐってしまうことがあるからだ。

しかし、それはブログにかぎったハナシじゃなく、生きてるかぎりは人と交わることを避けられないし、何も主張しないわけにはいかない。人を傷つけてしか生きられない自分に生きてる価値はありません。だから死にます、なんて言い出したら地球上から人間がいなくなってしまう。だから、妙に悲観的になってブログをやめたってしょうがない。ただ、ブログというのは自分の想像の及ばない影響力を発揮することがあるものだから、やっぱり覚悟がいるよなぁという冒頭のハナシに戻っていくわけだ。

ブログは無料で誰でもはじめることができる。そして「ブログは稼げますよ!」とか「ブログで人生変わりますよ!」という甘い誘いもよく見かける。それはまぁウソではないのかもしれないけど、いいことばっかりに目を奪われて、それなりの慎重さと覚悟を持たずに丸腰でブログをはじめると痛い目にあうこともあるかもしれませんよ?と脅しみたいなことを言ってみる。まぁ、いまのところ平和に運営してるボクが言っても全然説得力ないけどね。

こんなことを書いてるボクも明日になったら、また無神経に無防備にブログを更新してるんだろうな。まぁ、そんなもんだ。というか、この記事さえもそうなのかもしれない。