いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

おみくじで凶をひいても、ひきなおしたくない。

尿意とたたかう。

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今年の初詣はいつもの橿原神宮じゃなく、三輪神社に行くことにした。年に1度のイベントだから毎回同じ場所でもあまりマンネリ感はないし、変えなくてもいいけど、たまには違う場所にも行ってみたいという好奇心もあって父親の提案にのっかってみることにした。

予想してたことではあるものの、普通なら30分ぐらいで行けるのに大渋滞で2時間ぐらいかかって三輪神社に到着。そして、どの駐車場も満車になっててなかなか入れない。そうこうしてるうちにかすかな尿意が襲ってくる。抑えきれなくなる前に早くトイレに駆け込まなきゃ!新年初漏れは避けたい。

色とりどりの屋台が立ち並び、人がひしめきあう中、徐々に強さを増して行く尿意に襲われつつ歩く。美味そうなにおいが鼻をくすぐって食欲も抑えきれなくなっていく。そのときのボクは尿意と食欲に支配され、本能のままに動く獣だった。

もうちょっとで初漏れ?というタイミングでトイレに辿り着いた。珍しく男性トイレもけっこう人が並んでる。トイレを見つけた安心感で尿意は更に強くなってるのにやばすぎる!覗き込むと便器は5つあるものの、そのうち2つが故障してて使えない状態だった。誰だ、壊したやつと修理してないやつ!尿意から解放された後で地獄の果てまで追い詰めてやる。

ふとみると、女性のほうはもっととんでもない長蛇の列になっていた。今のボクの尿意レベルで並んだら、絶対に人間の尊厳が失われる状況に陥るだろう。女子はいつもこんなふうに尿意と闘ってるんだな。いや、尿意を感じる前にアクションを起こしてるに違いない。

なんで2017年最初のエントリーで尿意について熱く語ってるんだ?とふと我に返る。書きたいのはそんなことじゃないんだ。

おみくじで、はじめて凶をひいた。

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やっぱり初詣といえばおみくじは欠かせない。いつもと違う神社だし、おみくじもちょっと違うんだろうなぁとワクワクしながらお金を払っておみくじをひく。出てきたおみくじ棒はなんとも不吉な「42番」だった。こういう番号は抜いておいたほうがいいんじゃないの?と思いながら受け取ったおみくじを開いてみると、なんと!そこには「凶」の文字が!

本来、おみくじは吉凶で一喜一憂するようなものじゃなく、戒めを意識しながら暮らしていきましょうという性質のものだとは知ってる。でも、「運気も下がり困難な状況が続く」とかいきなり書いてあったら、新年早々そりゃないだろうと思ってしまうでしょ。だって人間だもの。今まで大吉だったからめっちゃいい年になったかといえば別にそうでもないけど、なんか今年はよくない年になってしまうのか?そうなのか?嘘だと言ってくれよ!とか思わされる。

地味に嫌なのは探し物は「何度も探すべし」と書かれてるところ。いや、それはなんとか改善したいんだってば。あの書類どこやったっけ?と探しまくるのはもううんざりしてんだ。何度も探すべしじゃなくて整理を促してくれよ。つい会社のデスクを思い出してしまった。もう少しだけ忘れていたい。神様、あともう少しだけ正月気分に浸らせてくれよ。

でも、ひきなおしたくはない。

母親がけっこうな勢いでおみくじのひきなおしをしろと言ってきたが、ボクはそれだけはやりたくなくて、頑なに拒んだ。妙に生真面目なのかなんなのかわからないけど、ボクは面白くなくても結果はちゃんと受け止めたい性分なのだ。

何か勝負したとしても、よくある「泣きの1回」とか絶対やりたくないのである。やり直して勝ったり、大吉が出たとしてもそれはホンモノじゃないと思ってしまう。つくづくめんどくさいやつだなぁと思うけど、なんかそういうところは絶対に譲れないのだ。たとえ、母親がちょっと機嫌を損ねたとしても。

というわけで、ひさびさにボクは神社におみくじを結んで帰ることにした。ほぼ日手帳に貼れないのはちょっと残念ではあるけれど、「運気は下がる」とか「願いはかなわない」とか書かれたものを手帳に貼って読み返したくはないもんな。

あとで調べてみると、利き手と逆の手だけで結んだら「困難に打ち勝った」ということで運気が上昇するらしいことがわかった。しかし、不器用すぎるボクにそんな芸当ができるとは思えない。できなくて更にへこみそうだから、知らなくてよかったんだろう。

正直なところ、凶をひいたとき、へこむとほぼ同時に「これはブログのネタになる」と思ってしまったボクはやっぱりブログを書くのがスキなんだなぁと思い知った。最近あんまり書けてないけど、今年もゆるゆると続けていこう。