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いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

すべての命が尊いなんて思えない。

命は尊いものだけど、それを平気で脅かすようなヤツの命は尊くない。

「すべての命が尊いなんて思えない」と言い放つとなんだか背徳感に襲われる。この言葉には明確な差別意識があるからだ。尊くない命なんかあるはずないじゃないかと責められてもしかたない。

しかし、くだらないことで簡単に人の命を奪うようなヤツの命は尊いと言えるだろうか。いや、人の命を奪わなくても、生かさず殺さず自分の利益のために人を利用するようなヤツの命は尊いと言えるだろうか。

残念ながら人に害をなすためにしか存在してない人はいる。さすがに日常生活の中でそういう人に遭遇することは滅多にないだろうと思うけど、ニュースとか見てたら毎日のようにそういう人が現れては消えていく。

こういうことを考えてると、やっぱりあの人を思い出す。尊くない命はあると公言して世界を変えようとしたキラ。かなり歪んでしまって、自分の理想とする世界の実現を邪魔するヤツは善悪に関係なく排除するという暴走は受け入れ難いものだったけど、最初に掲げてた理想には共感しまくってたもんな。

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人間には明らかに死んだほうがいい人間がいる 害虫は殺せるのに何故害のある人間を殺すのを悪とする(DEATH NOTE カラー版 12 (page.105 無理)

そうなんだよ。命は尊いものだけど、それを平気で脅かすようなヤツの命は尊くない。ボクにとってキラは代弁者だった。いや、危険すぎる思想だし、正義だとは思えないけどね。キラは自分のことを特別視して「神になる」とか言ってたけど、人には感情があるし、間違いも犯す。神にはなれないでしょ。

どうしたら、すべての命は尊いと思えるんだろう。

最近視聴を再開しはじめたウォーキング・デッドにイーストマンという人格者が登場した。モーガンの合気道(棒術?)の師匠であり、狂気にとりつかれた彼を人の道へと導いた人物らしい。

自分の妻子の命を奪った殺人者を監禁して死に至らしめ、復讐を果たした結果「すべての命は尊い」と信じるようになったとイーストマンは語った。

ボクにはわからない。復讐したって妻子が戻ってくるわけがないし、虚しさに襲われただろうなというのは想像がつく。でも、そこから、どうしたら「すべての命は尊い」という境地に至ることができたんだろう。

それが理想だし、できればそうありたい。こんな平和な世界にいてもイーストマンの信念にYESと言えないボクはウォーキング・デッドの崩壊した世界に放り込まれたら、一気に狂気の世界へ駆け出していくだろう。いや、その前にウォーカーに襲われてあっさり絶命してるかな。

すべての命が尊いとは思わないけど、だからといって自分がその判定を下して人の命を奪っていいとは思えないし、そんなことしたくない。言葉にすると、やっぱり背徳感あるし、ヘタレ感も溢れ出す。しかし、世の中の大多数の人がそんな感じじゃないのかなぁ。いっしょにするなと怒られるだろうか。

DEATH NOTE カラー版 12 (ジャンプコミックスDIGITAL)

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ウォーキング・デッド6 DVD-BOX1

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