いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

人を従わせるために使われる「普通」が嫌いだ。

ボクの上司は「普通」が大好きである。意見を述べるとき90%ぐらいの確率で「普通は~だから、こうすべき」という言い回しをする。対してボクは「普通は」と言い出されると、もう話を聞く気がなくなるくらい「普通」が嫌いだ。普通がどうした?皆と同じように振る舞うのがそんなに素晴らしいことか?と思ってしまう。まぁいまだに中二病ひきずってるんだろう。

そんな感じだから、咄嗟に反発しようとしてしまうものの、その「普通」に反論したら、唐突にびっくりするぐらいすごい勢いでキレてくるので、今はもう反論しなくなった。ボクはそんなことでキレるほど、普通か、普通でないかにこだわりがあるわけじゃないしね。

もともと知識と経験は豊富な人だから、社内の多くの人が「普通は」とうちの上司に言われると、大人しく従うんだけど、時々「え、それってどこの世界の普通?」と言いたくなるようなことをなぜか自信たっぷりに言い放つことがあって、皆困惑している。なぜ、自分があまりよく知らない世界のことまで「普通は」と語り始めるんだろう。ただ、話ぶりを見てると、カッコつけて知ったかぶりをしてるとかじゃなく、本気でそれが普通だと思い込んでるっぽいんだよなぁ。

そんな明らかに「それは普通じゃない」と多くの人が分かるようなことですら、反論するとやっぱりわけのわからないキレ方をされるので、反論はしない。ただ、誰にでも唐突にキレるわけじゃなく、有識者や自分より立場が上の人に対してはあっさり自分が言ったことを覆して見せるから、どうしても考えを改めてもらう必要があるときは、そんな人たちの力を借りればいいということは学んだ。

上司の信じる「普通」はどんどん仕事を増やしていく。上司が以前勤めていた企業は今とは比べようもない大企業だったから、管理レベルが違うのだ。そして、人の数も違う。人を増やすことなく、やることだけはそれと同等を求めようとするのはやっぱり無理があるっしょ、と思うのだけど、もちろんそんな反論はしない。

ボクは今の上司に出会ってから、以前にも増して「普通」が嫌いになった。「普通」は自由に発想する機会を奪い、人を従わせる道具でしかない。これはこれで屈折してるなぁ、きっと。まぁ、いいや。