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誰も立ち止まらない街頭演説のようにブログを書く

2022/05/08



欠点の解消に時間を費やすのはムダである、という考え方がある。たしかにボクのようにもう人生も折り返し地点を過ぎてしまうと、そうかもなって気はする。

ずっと欠点と向き合ってつらい気持ちで居続けることを強いられる割には、得られるリターンはとても小さいだろう。しかし、同時に矛盾することも考えてしまう。

別に生きていくうえで、そう困ることはない、スルーできるような欠点ならそれでいい。 でも、見過ごせないほどその存在感が大きすぎる場合はどうすればいい?

ボクにはどうにも気になって仕方がない欠点がいくつかある。

ひとつは、自己主張が弱すぎることだ。 人と対話して、思ったことの3分の1も話せればまだ良いほう。

だいたいは飲み込んでしまうか、その場では思考が及ばなくて言葉にならないことが多い。

きっとボクはもっと何かを言いたい人のはずである。そうでなければこんなふうに文章なんか書かないだろう。

自分のノートじゃなく、公開するのは「言いたい」気持ちがあるからなのは間違いない。

でも、特定の誰かに向かって何かを言いたいわけではないらしい。 それなら、もっとSNSで人に対してコメントを返すだろう。

ということは、ボクはひとりで勝手に喋りたいだけなのか。 なんだかすごく寂しい気持ちになってきたぞ。

誰も立ち止まってくれない、誰も耳を傾けてくれない街頭演説をしたい、それがボクの生き様なのか。どんなM属性だよ。

なんで主張できないのかというと、人のネガティブな反応を恐れるからだな。 それと思考の瞬発力に欠けるから言葉にならないってのもある。

つまりほとんど人に読まれることなく、ネガティブな反応が返ってくる可能性も低く、じっくり考えられるから、ボクはこうして書くことができるわけだ。

じっくり考えてこれです、と自ら暴露してしまった。あぁ。

そして、欠点がいくつかあると言いながらひとつで800字を超えてしまった。こんな話をまだまだ続けようとするなんて、どんだけM属性やねん。