いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

どうすれば「自分は価値のない人間なんだ」なんて思わせずにいられるんだろう。

またあまりにも痛ましい無差別殺傷事件が発生した。しかも、ボクだって乗る可能性がある区間を走る新幹線の車内での出来事ということで、単純に怖くなった。どこにも安全な場所なんかない気がしてくる。

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と、以前までのボクなら、こんなことをtwitterででも呟いておしまいだったんだろうけど、今のボクはそれだけで流してしまえずに、なんか心がざわざわした。そう、ボクは人の親になったんだ。これはただ怯えたり、被害者の方の死を悼んだりしてるだけじゃダメなんじゃないだろうか。

記事を読んでみると、容疑者の背景が少しは分かる。その中に「両親との関係が悪化し、14歳のころに自立支援施設に入所」と書かれていた。関係が悪化した要因は、なんだったんだろう?そして「自分は価値のない人間なんだ」と話し、死にたがっていたとも書かれている。

詳しいことはわからないけれど、容疑者は自分を無価値だと思わされるような家庭環境にいたということなんだろうか。それとも、両親は愛情を注いでいたつもりが、何かがズレていて、届かなかったということなんだろうか。

当たり前だけど、ボクは息子に無差別に人を傷つけるような人間には絶対なってほしくない(もちろん無差別じゃなくても)。自分は無価値だと言って、死にたがるような人間になってほしくない。そのために親としてできることはなんだろう?すべてが親の影響下にあるとは思えないけど、決して影響力は小さくないはずだ。

本を読んだり、知識のある人に相談したりすれば、それなりの答えは得られるだろう。でも、たぶんそこに正解はない。ボクの息子は世の中に1人しかいないんだから。いや、まぁ、この先もう1人ほしくなることはあるかも?でも、どうせなら娘がいいな、というのはさておき!息子のことを1番よく見ているボクらが、自ら答えを見つけていかなきゃいけない。なんとなくもっともらしい答えにすがることは無意味だろう。

たぶん、それが正解だったかどうかなんて、分からないままボクは死んでいく。でも、今、この瞬間に揺るぎないものはある。キミがいてボクらはもういくつもの喜びと幸せをもらっている。これは、この先何があっても消えることはないし、忘れることなんかない。

だから、キミが価値のない人間なんかであるはずがない。あるはずないんやってば。

このことをどうやって言葉で態度で伝えていけばいいのか、この先ボクはずっと悩んで迷いながら向き合っていくんだろうな。我が身を振り返ってみても、自分は無価値だと考えたときもあったし、死にたいと思ったこともあった。どうやったのかわからないままに、そんなことを考えなくなって今があるって感じだから、不安も拭えないなぁ。でも、誰だって多かれ少なかれそんなときはあるんだろう。

どんなときも、ちゃんと見て、ちゃんと聴いて向き合っていこう。まだまだ早すぎるけど、こっそり誓っておく。ブログに書いて全世界に公開してたら、全然こっそりじゃないか。