いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

自己犠牲では誰も幸せにできない。

牧瀬紅莉栖の犠牲の上に成り立つβ世界線。ここでは鳳凰院凶真も死んでいるし、岡部倫太郎も死んだように生きている。それを見るまゆりも幸せではいられないという不幸の連鎖。

やっぱり自己犠牲では誰も幸せにはできないんだなぁとつくづく思う。当人は「誰かのために」と必死だけど、結果的には一方的に犠牲になって相手がどう受け止めるかを意識しない(できない)行為になってしまうもんね。誰にでもできることではない尊い行為ではあるけれども。

そんな悟ったようなことを書いてるけれど、ボクみたいな自己肯定感低めな人間は、つい自己犠牲精神を発揮してしまいがちだ。目の前につらそうな人がいると、ほっとけない性分なのはいいとして、接するうちになんとなく人のために何かできたような気になってしまうと危険な状態に陥っていく。自分のことを後回しにすることを繰り返して、ふとした瞬間に「これは自己犠牲状態では?」と気がついたりするのだ。

最近はそんなことを感じるような瞬間はあんまりないけど、つい息子のためなら、いや、奥さんのためにもいざとなったらボクはしねる、なんて思ってしまうことがある。でも、ちょっと冷静になってみると、それがどれだけ罪深いことかわかる。自分が逆の立場になったらどう感じるか想像してみろ。うーん。息子や奥さんを失って笑って生きるなんてムリすぎる。想像しただけで泣ける。

やっぱり自己犠牲では、誰も幸せにはできそうにないな。シュタインズ・ゲートをめざそう。

TVアニメ『シュタインズ・ゲート ゼロ』オリジナルサウンドトラック

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