いずれも。

あれもこれも、いずれも必然。

厳しさや正しさのためなら何を言ってもいいわけがない。

もうちょっと世の中がやさしくなればいいなといつも願ってるボクには、この言葉はめっちゃ響いた。

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みんなやさしくなりましょう。厳しくしてもダメだと世の中に知らしめねばなりません。(ぐわぐわ団)

まず、まけもけさんが取り上げている指導者のことを考えてみると、厳しくしないとダメだと思い込んでる人はホントに多いなぁとボクも実感している。「わざと刺さって忘れられないように言っている。言うほうもつらいんだ」と言ってた人が昔いたけど、そんなの言われるほうがつらいに決まってるじゃないの。

人格を否定する言葉とか心をえぐる言葉ってのは、たしかに思惑どおり忘れられないだろう。でも、忘れないのはつらい気持ちと憎悪だけ。そんなものはなんら人の成長の糧にはならない。厳しさや躾のためなら何を言っても良いわけがない。それは親として自分も意識しておかなくちゃなぁ。

あと、世の中の厳しさということで考えると、しくじった人にめちゃめちゃ厳しい人が多いなぁと感じる。そりゃしくじりの重さ軽さはある。でも、これも同じような話になるけど、しくじった人間には何を言ってもいいとはボクは思わない。きちんと正しさを訴えればいいものを、しくじった人間はもう生きる資格さえない!ってなレベルで罵って貶めることはないだろう。正しさを主張してるつもりかもしれないが、そんな言葉で人を罵ってるアナタは人としてしくじってますよと言いたくなる。

正しさを主張するってのも実は難しくて、正しければどんな言い方をしてもいいと思っていたり、正論で囲い込んで逃げ道をふさいでしまうタイプの人もたまにいるけど、アレもしんどいなぁと思う。そこまで人を追い詰める目的はなんだろう。どんな気持ちでやっているのかボクにはわからないし、たぶん共感できないから聞いてみたいとも思わない。もっとやさしさを分けあって心地よく暮らしていけたらいいのにねえ。